心と体

2010年5月17日

ガラにもないけど・・・

10_5_17_go_to_truth 元気出せ、落ちこんでる人

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2010年2月18日

「最後のもうひとつ。」

・・・毎日寒いですね、この冬。

皆さまはお元気でお過ごしでしょうか?

・・・アッ お久しぶりでございます~、長い間ここへ遊びにきてくださっていた皆さま、大変申し訳ございませんでした

さて。あれからまた、いろいろとありまして・・・。

今回の一件、その双方の立場からの話を聞いてみて、とてもショックだった事実を知り、また、曲がらない決意も知り、言葉を失っている状態です。僕自身、少なからぬ責任を感じています。どうしてもっと物事全体をおもんぱかって、慎重に慎重を重ねて助言することができなかったのか。

そしてこの一件から、今まで見えなかった自分自身の姿をも、直視してしまった。・・・でも、これは良いことなんだ。

これまでの自分が如何に稚拙で、弱く、愚かだったかを。・・・それがわかった。

「自分の感情を相手にぶつけるだけではダメだよ」と、・・・そう、近ごろ、ある人が僕に教えてくれましたが、今となってはその言葉が胸に突き刺さる思いです。その言葉が、今頃になってわかるとは情けない。

腹の中に大きな鉛を抱えているような気分です。今回の一件だけではなく、これまで僕自身が辿ってきた道に対しても。

双方の言い分を聞いてみて、その気持ちが分かってしまうだけに、やりきれない思いで一杯です。

今回の一件に関してだけ言えば、はじめから善も悪もなかった。それだけは分かる。もし仮に、双方どちらかに悪意があり、それを”罪”と呼ぶならば、その”罪”は、”時間”というものの中で、しだいに”形”を変えてゆくものであるはずです。心の中のひとつの”形”は、”時間”の中では決してその”形”を保っていられないものだから。そこから離れてみて時を過ごしていくうちに、そのことが少しずつ分かってくるはず。互いの心の痛みが、しだいに見えてくるはずです。

それを前向きな力に変えられるか否かは、自分次第。そして僕自身、少なからぬ罪を背負わずにゆくということも、ムシの良すぎる話なのでしょう。

願わくは、時の中ですれ違い、もつれてしまった幾筋の糸を、時がまたそのもつれを解きほぐし、和らげることを祈ります。

・・・数時間前に届いたメールで、完全に吹っ切れました。ちっぽけで未熟な、こんな自分ではあるけれども、やれるだけのことは、やった。だからあとは、天にまかせるのみ。

・・・そのお陰もあってか、もう自分のことに集中できます。ニュージーランドの展示も近いしね。・・・とその前に、連載の締め切りが迫ってるんだな~ 「締め切り」 ・・・怖ろしや、この響き・・・ うぅ~ん・・・余計生きた心地がしねぇ・・・

・・・もうこんなこと二度と起こらないことを祈る。・・・ま、そんなこと言ったところで、まだまだこれからもっともっと辛いこと沢山あるんだろうけどね。断言しちゃうけど。

それでも行くっきゃないっしょ! 我が人生

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2009年12月21日

~ちょっとひと休み...~

*今回のお話は、途中からチト暗い話になりますので、そんな話題がダメな方は次回の更新までお待ちくださいませ*

皆さま、どうもお久しぶりでございます~。いやいや、またまた長い間更新できずに申し訳ない 早いもので、もう12月も半ばになっちゃいましたね~。みなさま如何お過ごしでしょうか?

さて今年ももう残りわずかとなり、僕はと言いますと、先日は呼んで呼ばれての3日連続飲み過ぎ。う~、キツかった・・・。この間は先輩イラストレーターさん達の忘年会に誘っていただけたりして、徹夜で飲み明かしての朝帰り(・・・イヤ、昼までいたから「昼帰り」か)。この3日間は騒いだり語り明かしたりと~っても楽しかったんだけど、その後はさすがに相当くたびれてしまい、次の日は丸一日ず~っと寝込んでしまいましたヨ。もうお酒は当分見たくないよ~なんて思いながら(笑) 

さて、それからがイケなかった。寝込んでいた次の日、ちょっとした不注意で「ピキーン」と腰に激痛が。イヤイヤ、あんなヒドイぎっくり腰はじめてやっちゃったヨ 「飲み過ぎの次はギックリ腰かいっ!!」って感じ。いっとき救急車を呼ぶ大騒ぎになってしまい、まさに泣きっ面に蜂状態ですワ。・・・僕ももう若くないんだな~なんてつくづく思っちゃう。・・・それからまた1週間ほど寝込んでしまいました(・・・しょうがないねぇ~

それにしても・・・生活のリズムが狂うと、健康的にも精神的にも非常によろしくないですね~。寒さの厳しいこの季節はあまり良い思い出がないために妙に感傷的な気分になってしまうせいもあってか、お祭り騒ぎが終わってふと我にかえっちゃうと、どうにもつまらないことを取り留めもなく考えてしまう。しょうもないグチをポツリポツリとこぼしてしまったりして、我知らず馬鹿馬鹿しくなってしまうんだナ。

僕の親友や知り合いの方も、先日倒れて入院してしまったりして、この季節は本当にろくなことがない。さいわい、もう退院して一安心といったところですけどね。

父が他界して15年、本当に様々なことがあって、その過程で心の底にかかえてしまった闇の深さに、あらためて戦慄してしまう・・・寝込んでいて眠れない夜なんかは、何だかそんな気分に陥ってしまうのです。もちろん、ようやく落ち着いてこれたからこそこんな風に話せるわけですけどね。けれど、それでもなお、どうにもやりきれない思いが込み上げてきて、いっこうに離れてくれない。どことなくすべてが虚しく思えてくる。こうなってくると厄介なことに、もう忘れかけていた事のひとつひとつを夢に見たりして、いちいち落胆してしまう。過ぎた事をいちいち気に病んでも仕方ないことは十分わかっているのに、どうにもならない。・・・困ったことに僕には、たま~にこういう事が起こるのでありまして、そんな自分の弱さも小ささにも、いい加減嫌気がさしてしまうんだナ。

若く未熟で多感な時期に、深くえぐり取られた心の奥底に、いまだに無数のトゲが深く突き刺さっているようで、どうにもスッキリしない。それはきっと、自分に起きたすべての物事を受け止めきれていないからなのでしょう。無明の闇の底にいたことが、気の弱く真面目なままだった少年にとってはあまりに長すぎたのかも知れない。もう何年も前に決着はついたことなのにネ。どうにも動かしがたい虚しさが見え隠れする・・・そんな時がある。

思えば、まだほんの子供だったときから、僕はそんな虚無感に幾度となく襲われてきました。考えてみれば、僕はそんな風に小さい頃から変わった子供だったのかも。「自分も家族も、いつかは必ず死んじゃうんだ・・・」なんてことに夜中、布団の中で気がついて、そのどうしようもない現実にひとりで涙を流したり、長い間憂鬱な気分につきまとわれたりなんかしてネ。

「閑愁(かんしゅう)尽くるところ、暗愁(あんしゅう)生ず」・・・と、夏目漱石が言ったそうです。「閑愁」、ちょっとした寂しさや悲しみなどがスッと晴れて去っていった後に、重い憂い、人生の絶望のようなものが生じてくる、という意味だそうです。こういった”虚無感”や”無常観”は、ひょっとしたら人の心が潜在的に持っている、何か根元的な恐怖なのでしょう。それと同時に、こういったことを目の当たりにして酷く落ち込んでしまう時こそ、本当の自分自身に気付き、より良き方向へと赴ける、ひとつの契機であると思うのです。そしてこういった事に真摯に悩むことを馬鹿馬鹿しく思わず、真剣に向き合い、直視し、もがき苦しんで逃げないこともまた、生きるうえでの大切な1ページなんでしょうネ。

そうして、そんな茫漠とした恐怖に目を背けず、少しずつ理解していけば、自分自身の生きる喜びもまた深くなるはず。憂いが深まれば、喜びもまた深くなるはずです。

・・・なんてネ(笑) 僕なんかよりよっぽど辛い思いを抱いている方々は星の数ほどいらっしゃるだろうし、ましてや戦前・戦後を生き抜いた方々の苦しみにくらべれば、こんな馬鹿な僕の憂いなど児戯にも等しい。ですが時代は常に形を変えて人々を苦しめているように思う。何だかそんな気がしてならないのです。・・・この話題を続けていくとシャレにならないテーマに触れなければならなくなるので、これ以上深くはツッコミませんが。

・・・ひょっとしたら、”生きる”ってことは得体の知れない虚無の上を綱渡りしていくようなものかも知れないですね。遠く見定めている目標をどこまでも見据えていられればいいのだけれど、はたと立ち止まって足元を見ると、そこに広がっている無駄にバカでかい混沌とした虚無の恐ろしさに愕然となっちゃう。・・・この表現はチト大袈裟だったかナ? あながち間違いじゃないと思うケドね。

・・・いずれにしても、やるべきことを謙虚にきちんとやってさえいれば、いつの間にかケロッと元に戻っちゃうんだから不思議なものです。あくまでも僕の場合ですが。人と向き合って笑顔を交わし合うことがどれだけ大切なことか。・・・逆に、そうしないままにただ独りきり、鬱屈とした日々を惰性にまかせて生きていると、本当にドエライことになる。「落ちるだけ落ちなよ、そしたら後は上がるだけだから」なんて理屈はここではきかない。何故なら、「精神にはガツンと底にぶつかって気づけるような、そんな底なんてないんだから。落ちていくとどこまでも無限に落ちていってしまう。」・・・この言葉は、「ライ麦畑で捕まえて」という物語の中で出てきたと思いましたが、本当にその通りです。僕はそういう人を実際に見てきて、長い苦しみの渦中に突き落とされたことがありましたし、また僕自身もその闇の中にどっぷりとハマってしまった時期があったんだから、それだけは絶対にやっちゃいけない。そういうことに気がつけただけでも、それだけ僕は恵まれてるんだろうね。大切なのは、一人で思い詰めちゃいけないってことなんです。

いずれにしても、だからこそ、善き友、善き人間関係ってのが大切なんじゃなかろうか? 結局ひとりじゃ生きていけないもんね。そこにベッタリ寄り掛かってはいけないけれど。

 

・・・とまぁこんな感じで、寝込んでいてこんなバカなことを延々と考えていたわけですが、まったく困ったもんです。生活のリズムが狂うと本当にロクなことがない(笑) やっぱり夜ぐっすり眠って朝にパッチリ目が覚めるのが一番ですヨ^^ こういうことを考え出すときりがなくなる(笑) こんな時はひとりでぶらりと出かけるのも良いネ。車を手放してしまう前は、よく一人旅に行ったものでしたが、・・・ここのところず~っと行ってないなァ。鬱屈した気分から脱出するには、こんなふうに思いを書き殴って混沌から抜け出すか、たまには美味しいものを食べるなり旅行に行くなりして、自然の息吹を感じたりしてみる。友だちと無駄話のひとつでもして息抜きする。・・・そうやって、やっぱり前向きに何でも行動してみるのが一番ですよネ。そんなことをしてみたりすると意外と、思いつめていたよりヒドくない自分の姿が見えてくる。人の姿が見えてくる。そんなものだから。

・・・さて、しょうもないグチはこのくらいにして(笑)、来年の3月にはニュージーランドで行われるグループ展に参加させていただくことになりまして、そちらの方はこれから少しずつお話ししていく予定なので、どーぞよろしく^^ 展示だけの参加でももちろんオッケーなんですが、やっぱり・・・ニュージーランド、行きたいなァ。日本から出たことないし。これを機会にぜひ行きたいね!

とりあえず、今はそれを目標にガンバルのだ!

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